前回の記事では、ボクが「大人の絵本」を描く理由について書きました。
忙しい毎日を生きる大人たちにこそ、絵本のような“立ち止まる時間”が必要なんじゃないか。
そんな想いを綴りました。
今回はその続きを、少しだけ書いてみようと思います。
目次
人は自分の人生を誰かと比べてしまう

SNSを開けば、誰かの成功が目に入ります。
素敵な家族写真。
充実した休日。
仕事の実績。
楽しそうな日常。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。
でも、気づかないうちにボクたちは比べてしまいます。
「自分はまだまだだ。」
「もっと頑張らないと。」
「なんで自分だけうまくいかないんだろう。」
本当は昨日の自分と比べればいいはずなのに、いつの間にか誰かの人生を基準にしてしまう。
ボク自身も、そんなふうに落ち込むことがあります。
人生にはそれぞれの“歩幅”がある
たくさんの人と出会い、話を聞いていると気づくことがあります。
当たり前だけど、誰ひとりとして同じ人生を歩いている人はいないということ。
遠回りした人
立ち止まった人
一度諦めた人
何度も挑戦した人
順調に見える人にも、誰にも言えない不安や葛藤があります。
だからこそ、「こうあるべき」という物差しだけでは測れないものがあると思うのです。
誰かの人生を羨ましく思う日があってもいい。
立ち止まる日があってもいい。
進めない日があってもいい。
それも、その人だけの人生だから。
絵本の主人公はいつも完璧じゃない
私が描く絵本の登場人物は、どこか少し不器用です。

自分が嫌いだったり。
迷ってしまったり。
自信をなくしたり。
すぐには答えを出せなかったり。
でも、それでいいと思っています。
むしろ完璧じゃないからこそ、人は誰かに共感できるのではないでしょうか。
もし主人公が何でもできて、迷うこともなく、正しい選択ばかりするなら…
きっとボクたちは、その物語の中に自分を重ねることはできません。
弱さがあるから、優しくなれる。
迷うから、人の痛みが分かる。
そんな主人公たちを、物語をボクは描き続けたいと思っています。
「頑張れ」じゃなくて「そのままでも大丈夫」
昔は、誰かを励ます言葉として「頑張って」が正解だと思っていました。
でも、大人になるほど「もう十分頑張っている人」がたくさんいることに気づきます。
毎日仕事へ行くこと。
家事をすること。
子育てをすること。
誰かを支えること。
自分の気持ちを押し込めながら笑顔でいること。
それだけでも、本当はすごいことです。
だから私の作品は、「もっと頑張れ」と背中を押すものではなく
「今日までちゃんと生きてきたね。」
そんなふうに、そっと隣に座ってくれるような存在でありたいと思っています。
何気ない日常に、何気ない癒しを。
Instagramのプロフィールにも書いているこの言葉は、作品づくりの軸になっています。
特別な誰かだけではなく。
特別な日だけでもなく。
学校や職場へ向かっている朝。
植物に水やりをしている時間。
コーヒーを飲む静かな時間。
子どもの寝顔を見つめる夜。
そんな何気ない日常の中に、小さな癒しを届けたい。
大きく人生を変えることはできなくても、少しだけ呼吸がしやすくなるような作品を描いていきたいと思っています。
heyのInstagramはこちらから⤵︎
https://www.instagram.com/te_to_te_____?igsh=MTBxN2IyanJneHY1cA%3D%3D&utm_source=qr
あなたの物語はまだ途中
もし今、思うようにいかないことがあったとしても、もし周りと比べて焦ってしまう日があったとしても。
そのページだけで、自分の物語を終わらせないでほしいと思います。
絵本もそうですが、物語は途中のページだけを見ると、苦しい場面もたくさんあります。
でも、最後まで読んでみないとその物語の本当の意味は分かりません。
ボクたちの人生も、きっと同じです。
だから焦らなくていい。
遠回りしてもいい。
休みながらでもいい。
あなたの物語は、まだ途中なのだから。
おわりに
次回は、「なぜボクは誰かの人生を絵本にしたいと思うのか」について書いてみようと思います。
誰かの記憶や想いを一冊の物語として残すこと。
それは単なるオーダーメイド作品ではなく、その人が生きてきた証を未来へ手渡すことなのかもしれません。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回以降も楽しみにお待ちください。
